2010年11月16日

もみじの平勝寺




今日の平勝寺のもみじです。
排気ガスなどの影響がないので、色彩がとても鮮やかです。
明日の観音講に参列される人たちに景色のお土産がさしあげられます。



  


Posted by 一道 at 16:06Comments(0)

2010年11月02日

竹林の七賢




 今から約千七百年前、晋という王朝が中国を統一しました。
晋によって統一される前は、魏・呉・蜀という三つの国が並び立っていました。
曹操・孫権・劉備らが争った三国志の時代です。

 魏は三国の中で最も高い国力と軍事力を持っていました。
魏の第三代皇帝の後見人になった司馬氏は、すべての手段を使って魏の実権を握ってしまいました。
それ以後、魏は司馬氏の傀儡政権となりました。
そして第五代皇帝のとき司馬氏に皇帝の地位を譲り、魏は滅亡しました。

 司馬氏は晋を立てました。強い軍事力を譲り受けた晋は呉を滅ぼしました。
蜀はそれ以前に既に滅んでいました。
このようにして晋は三国を統一しました。
その晋も後継者が暗愚であったため、皇族同士による争いが続き国内は荒廃しました。

 国が乱れると人の心も乱れてしまいます。

 自分の利益を守るために、自分に反対する者を殺す者が多く現れました。
その者たちは自分の行動を正当化するためにあらゆる理由づけをしました。
また、官吏登用法を悪用して賄賂を受け取る役人も現れました。

 当時、隅々まで行き渡っていた儒家思想は祭祀を重視していました。
祖先や天を祀ることによって、祖先や天が司ると思われていた自然や偶然の出来事を意のままにしようとしました。
思想が形骸化すればするほど、祀り方が複雑になっていきました。
そして複雑な祀り方を覚えている者が幅を利かすようになりました。

 そのような社会は、想像するだけでも息苦しさを感じます。

 煩わしい決まりの拘束から解放されたいと願う人びとが現れました。
晋の時代で言えば阮籍に代表される人々です。
へつらい、ねたみ、足を引っ張り合うような世間のありように彼らは反感を持ちました。
発した一言が命取りになるような権力を巡る醜さにも反感を持ちました。
官僚生活における汚さにも反感を持ちました。

阮籍は、とりわけ礼法を重んずる儒家をきらいました。
阮籍の母が亡くなったとき、儒家が弔問に来ました。
阮籍は彼を白眼視しました。
葬儀ではまず主人が哭してから客が哭泣の礼を取るのがしきたりであったのです。
阮籍はそのような形式だけの礼法を毛嫌いしました。

 阮籍ほど徹底できないこの私は世の習慣に普通程度に従っています。
しかし、息苦しさを感じているのも事実です。
理由を付けなければ行動できない社会。
保身のための言い訳を言い続ける社会。
自分の氏名、住所を隠して他者を非難する社会。
意のままに自然や生命を操ろうとする社会。

そのように自分の思いを先とするような社会より、もう少し譲り合える社会を私は望んでいます。

 小賢しい頭で作りごとをすれば自他ともに身動きがとれなくなるのではないでしょうか。
よいと思ったことがすぐに実行でき、間違ったら謝れる人になりたい。
そして誤りを許しあう寛容な社会になってほしい。
複雑な問題を抱える今の社会では、こんな考えは虫がよすぎるでしょうか。
  


Posted by 一道 at 19:47Comments(0)